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マシェリ/ウェイター編 boys side
tea room
2001年12月
しいな 作


 閑静な住宅街にオレが通っている大学がある。
その近くに学生や周辺に住んでいる主婦に人気の喫茶店がある。
オレは、授業のない火曜日だけ、そこでアルバイトをしている。
気に入ったのは、レトロなポスターなどで飾られている店内と流れている音楽も いい感じ。
マスターや奥さんの人柄も良くてアルバイト料も満足してる。
昼や夜のまかない食っていうのも旨いんだな〜これが!おすすめはパスタね!

 オレは・・すっごく急いでる。
駅から全力疾走・・いつものようにアルバイト先に向かっている。
なんで急いでるかっていうと10分の遅刻だからだ・・。
息を切らしながら走っていく。
建物が見えてくる・・その時、オレは立ち止まる。
あの人が店に入って行くのが見えた。
「やべぇっ!」
オレは、急いで店に向かって走り出した。

オレがバイトをする火曜日。いつも通りの時間に彼女はやってくる。
名前もどこに住んでいるのかも分からない。
結婚しているのかどうかも不明。
年上かな?年下じゃないよな〜。
なんて・・いつも彼女を見ている。
「遅れて済みません!」
やっと着いて勢い良く店のドアを開けて入っていく!
いつもの窓際の席、彼女が振り向いて目があった。
間に合った〜!!!
ホッ!と胸をなで下ろしてあの人を見た。
「ホラ!早く着替えておいで、お持ちかねだよ。」
マスターがオレをからかうように小声で言った。
バレバレじゃん!(汗) 「済みません。」 一言謝って急いでジャケットを脱ぐ。

エプロンをつけながらあの人のところにメニューを持っていく。
「いらっしゃいませ!」
オレは元気良くそう言ってメニューを渡す。もちろん笑顔。
きれいな髪だなぁ・・。
胸のあたりまで伸びたストレートヘア。
ちょっと・・手を伸ばして触れてみたくなる。
今日の服装は・・白っぽい長袖シャツ、ベージュのパンツ。
アクセサリーは、時計くらいかな。
横顔にもついつい見とれてしまう。
少したって・・彼女の声で我に返った。
「いつものにしようかな・・。え〜と・・」
指を示して伝えようとする。
オレはすかさず「ホットコーヒーとブルーベリーチーズケーキですよね。」
と彼女が声を出す前に言った。
「え?」ってな感じでオレを見上げてる。
「いつも・・オーダー貰っているの・・オレなんで・・。」
やっぱり気づいてなかったか・・。ちょっと傷ついちゃったかも。
「それでお願いします。」
なるほどという表情で納得した彼女はさらにその後、「あの・・?大丈夫?」
ちょっと心配した感じで聞いてくる。
オレは、訳分かんなくて・・彼女を、じっと見てしまう。
「肩で息していたから・・。」
そう言われた後のオレは・・
さっきの全力疾走の後遺症とは別に 急に沸騰したヤカンのように全身が熱くなってしまった。
全身の毛穴から汗が吹き出てきた。

「だっ・・大丈夫っすよ。かっ・・かしこまりました〜。」
オレは恥ずかしくて言った後、カウンターに走ってオーダーをマスターに渡した。
あなたに早く会いたくて走って来ました!なんてとてもじゃないが言えない。
「何あれ?カミカミじゃないか。だめですね〜。リラックス×2」
初老のイケメンマスターにそう肩を叩かれる。
「どうせっ!オレは本番に弱いですよっ!」
「はいはい。さっさと運ぶ!」
あっさりと軽くあしらわれてしまった。
マスターは、慣れた手つきでトレーに ケーキと熱いコーヒーが注がれた カップを乗せていく。
それを落とさないように彼女の元へ運んでいく。

「おまたせしました。ホットコーヒーとブルーベリーチーズケーキです。」
テーブルに丁寧に置いていく。
「ありがとう・・。」
彼女は、オレを見上げて にこっ と微笑んだような気がする。
トスッ!オレの心臓に心地よい痛みが・・。
礼をしてオレは席を離れる。
平日の昼間。お客さんも彼女を含めて数人だけ。
暇だから・・ずっと彼女を見ていられる。
彼女は、美味しそうにケーキを食べた後持ってきたらしい本を読んでいる。
カバーが掛けてあってどんな本かは分からない。
艶のある長い髪をたまに耳に掛けるしぐさをしている。
そんな彼女をトレーを抱えてカウンターに寄りかかりながら見ていた。
心の中で繰り返し呪文のように言葉を唱える。

         髪、光ってますね・・。
         あなたの髪がすきです・・。
         っていうか・・ん・・・
         あなたが好きです・・・・
         いや・・髪がすきです・・。

繰り返し・・何度もフレーズを復唱していく。
どれくらい時間が経ったんだろう。
椅子を引く音で我に返る。
そしてこっちに向かっている彼女と目があった。
あ・・もう・・帰るんだ・・。
オレは、慌ててレジの前に行った。
お金を貰っておつりを渡す。
わっ・・ちょっと彼女の指がオレの手に触れた。
「有り難うございました。」
そう言うと・・彼女は笑って長い髪を揺らして軽くお辞儀して そのまま店を出ていった。

オレは、彼女の座った席に食器を下げに向かう。
「あれ?」
さっき彼女が読んでいた本が置いてある。
「忘れ物だね。まだ間に合うから届けてあげれば?」
そうマスターに言われてすぐオレは脱兎のごとく本を抱えて店を出ていく。
出てすぐ彼女の姿を発見。
「あのっ!ちょっと!」
聞こえないみたいだ。ふと・・本を見るとカバーに名前が書いてあった。
「○○さぁ〜ん!」
ありったけ腹から声を振り絞って叫んだ。
彼女は、振り向いてオレが駆け寄っていくのを驚いた表情で見ていた。
「これ!忘れ物、お客さんのですよね。」
彼女に本を渡す。
「どうも・・ありがとう・・え〜と。」
「滝沢・・滝沢秀明です。」
聞かれもしないのにそう答えるオレ。
彼女はちょっと戸惑っているみたいだったけど・・。
「じゃ・・また・・。バイト頑張ってね。」
なんて声を掛けてくれた。
オレは、「ども!」と言って走って店に帰る。
やった・・初めて言葉を交わした。心臓バクバク!
家に帰るのかな・・歩いていく彼女の背中を見ていた。
彼女の名前が分かった・・オレの名前も伝えた。
毎日来てるのかな〜?バイト・・ふやそうかな・・。
また、話出来ると良いな・・。なんて考えちゃってるオレだった。
              


―fin―


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