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Kissの奇蹟 第4章
a miracle kiss
2003年7月
しいな 作


 都心に近いその場所は、極々普通のマンションだった。
確かに・・21歳でオートロックでマンション住まいはすごいんだけど。
部屋に入ると紅いソファが目についてワンフロアなのかな?
かなり広くはある。
イメージが違ったのは・・ディズニーキャラのぬいぐるみがたくさん飾ってあった。
音楽の機材や・・パソコンも数台あってその場所は一見仕事場?って思ったり。
「掃除してないから・・汚いけど・・どぞ!」
と赤いソファに促される。
いつもお茶は出さないんだけど・・と言って冷蔵庫からペットボトルのお茶を 出してくれる。
ちょっと・・落ちつかない。

ふと・・別な部屋に滝沢くんが姿を消すと一冊の本を持ってやってきた。
それは・・兼ねてから私が欲しいと言っていた風景の写真集だった。
「これ・・どうしたの?」
その本は、10年くらい前のものですでに絶版扱いのものだった。
普通の書店のルートやネットでも注文することが出来なかった。
大学の図書館にあるものだったんだけどどうしても欲しいものだった。
「ずっと・・欲しいって言ってたじゃん。出版関係の人に言ったら たまたま・・あるからってくれたんだよね。貰ってくれるかな?」
隣のソファに座って太股に手を付いて手を組んで私を見る。
「貰っていいの?高価だし・・」
「もうすぐ誕生日だよね。お祝いって事で貰ってよ。」
誕生日覚えてくれてたんだ。
優しい瞳で私を見る。
口角が上がってエクボが出来てる。
私は、頷いて「ありがとう・・大事にする。」と本を抱きしめた。
私が欲しい本を覚えてくれてた。
何よりも嬉しくて涙が溢れそうだった。

「そうだ・・私・・滝沢くんの誕生日何もあげてないよね。お祝いメールはしたけ ど。」
3月に誕生日を迎えた彼に何も出来ないでいた。
コンサート中でなかなか会えないでいたのもあるけど・・欲しい物を聞いて無かった のだ。
「何か欲しい物言ってよ。といっても・・まだ親のすねかじりで高価な物は無理だけ ど。」
そう聞くと・・じっと私を見つめる。
黒曜石の深い瞳に魅入られそうになる・・ふと・・色が変わったような気がした。
「高価な物なんていらないよ・・。」
すると・・フワッと甘い香りが私を包んだ。
「た・・滝沢くん・・」
華奢だと思っていたのに意外と広い肩。
「オレが・・欲しいのは・・」
彼の体温が直に伝わってくる。
温もりが体中に染み込んでくる。
顔をあげると・・そこには端正が顔がある。
深い瞳は・・色が変わって赤身をを帯びたように情熱的に見えた。
そのまま・・近づいてきて私の唇に彼のふっくらとしたものが重ねられた。
重ねられた唇を抗う事が出来ずに波に呑み込まれる。
瞳をゆっくりと閉じていく。
心地よい甘い酔いが全身に回ってくる。
「オレが欲しいのは君だから・・。」
唇が離れると滝沢くんはそう呟いた。
切なそうに私を見つめる。
どうしよう・・今の私には彼を受け入れることが出来ない。
「私・・行かなきゃ・・。」
彼の腕の中からすり抜ける。

そのままその場所にいることが出来ずに滝沢くんの部屋から飛び出した。
道をトボトボ歩き出す。
保育所までは・・かなりの距離だ。
タクシーでも拾おうかなと・・歩道で右手を上げて左右を見ていると。
見慣れた四駆の車が歩道の路肩に止まった。
「送って行くよ・・乗んなよ。」
助手席から滝沢くんが身を乗り出してる。
かなり・・気まずい雰囲気。
私が躊躇していると・・「いいから・・ホラ・・時間無いでしょ?」とドアを開け る。
私は腕時計を見ると確かにもう車でなければ間に合わない時間だった。
言われるまま助手席に乗った。
隣の滝沢くんを見ると、かなり険しい顔だった。
怒ってる?・・逃げちゃったから。
もし・・あのまま一緒にいたら・・どうなっていたか分からない。
スピードメーターは、高速も真っ青なくらい回っていた。
そのまま保育所まで疾走した。

 保育所には約束の時間を10分ほど過ぎていた。
あれから・・滝沢くんと口を聞いていない。
「すみません!遅れちゃって・・!」
保育士の女性に謝って和ちゃんと建物を後にする。
そとでは、車の外に滝沢くんが腕を組んで寄りかかって待っていた。
「たっちぃ〜☆わぁ〜いっ・・だっこ!」
とまた足に激突して手を上に上げておねだりする。
さっきの険しい表情が緩んで和ちゃんを抱き上げる。
「お家まで一緒に帰ろうか?」
と聞くと「うん!」と嬉しそうに抱きつく。
はぁ・・和ちゃんが居てくれて良かった。
そのまま、家の前まで送ってくれた。

「たっちぃ・・バイバイ☆」
「バイバイ!またね!」
私は、和ちゃんを車から降ろした。
「ありがとう・・仕事頑張ってね。」
ちょっとぎこちなく言ってしまう。
「ああ・・うん・・じゃ・・また。」
彼は、ちょっと寂しそうに私をみつめる。
そんな顔をさせてるのは私なんだよね・・。
ごめんね・・。
車を見送りながらそう心の中でつぶやいた。
「さ〜ちゃ・・どうちたの?ポンポンいたいの?」
私の事を気遣ってくれる小さな手。
小さくても分かるんだなぁ・・。
和ちゃんの頭を撫でて「大丈夫よ。何でもないの。」と歩き出した。
私達は、マンションの建物に入り部屋に向かった。



 雑誌の取材で翼・・オレの相方・・今井翼と合流する。
2人で夕食を取っている。
取材は、週間でオレと翼・・2人とローテーションで回す連載だ。
オレの腕の中にすっぽり包まれた彼女をキスをした感触をぼんやりと思いだしていた。
柔らかくて・・甘くて・・あのまま彼女が拒まなければ仕事に遅刻していただろう。
「滝沢・・変。」
「はっ・・へっ?何?何か言った?」
先に箸を付けてガバガバと食べていた翼がオレに声を掛ける。
「ぼんやりしちゃって・・おまけに顔は赤いし・・変だよ。」
「変って何だ!熱いんだよっ・・暑がりなんだから。」
オレは、タンクトップを捲り上げてパタパタと空気を入れる。
それをみた翼は、にまにまとにやける。
うへ〜・・キモチ悪りぃ。
「何か良いことあったでしょ?でも・・それにしては元気がないか?」
オレの顔をまじまじと見つめる。
「相変わらず・・スルドイ奴め!どっちもだな・・。」
オレは、あっさり白状する。
この男に誤魔化しは効かないのだ。

「さくらさんにキスしたけど・・壁作られた。」
「へぇ〜っ・・キスまだだったんだ?」
意外〜って表情でオレを見つめる。
意外ってお前はオレをどんな風に見てたんだよっ。
「まだ・・つき合うまで行ってね〜もん!ちょっと強引かと思ったけど歯止め聞かな くて・・。」
オレもガバガバ飯にありつく。
翼は、箸を置いて「あのさぁ・・」と真剣に話し出す。
「さくらさんはさ・・死んだ彼の事を忘れられないワケじゃないと思う。」
いつも聞き役のオレは、自分の事なのに「うんうん」と相づちをうつ。
「オレ・・さくらさんから聞いたとき・・ふと思ったんだ・・オレだったら どうだろうって・・。やっぱり次の恋愛には勇気がいるよね。」
オレは、黙って翼の話に耳を傾ける。
「きっと・・すごく好きだったら・・もう誰も好きにならないとか思わない?」
「そんなことは・・好きになったときから覚悟してたよ。」
オレは、また飯に箸をつける。
なんか・・味なんて分からなかった・・食った気がしない。
「そう考えちゃうとさ・・死んだ彼に悪いとか自分だけ幸せになれないとか 色々頭んなかでグルグルするよな〜・・」
翼はまだ熱く語っている。

「でもさ!kissって良いきっかけにならないかな?してみてどうだった?」
パッと顔が明るく輝いてオレにそう言う。
「どうだったって・・聞くなよな〜・・」
思い出して顔が熱くなる・・それを見て翼は笑い出す。
「拒否られたの?」
「いや・・別に普通だったけど・・」
普通ってのは・・おかしいか。
ドラマのキスとは違う・・ホントに甘くて全身熱くてさ・・。
「へ〜・・いいな羨ましいよ。オレなんかおまじないまでしてるのにさ〜。」
と爪を見てる。
「なんだよ・・ピンクのマニキュアかよ。」
「なら・・いいんじゃん?さくらさんも滝沢の事好きなんだよ。ガマンガマン。」
と再び食べ出す。
熱く語ったせいか・・「冷めちゃったよ。」と、うどんの汁を飲みながら言う。
なら・・いいんだけどな。。。
そう考えながらオレも冷めかけのうどんを胃に流し込んだのだった。
つづく


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