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気になるあいつ   前編
True Heart
2002年11月
しいな 作


「えっ?休んでる?」
私はいつものようにコーヒーを頼もうと彼の名前を呼ぶ。
でも、彼の明るい声は聞こえない。
「というか・・連絡もなくて・・。」
同じ部署の若いOL達が心配の面もちで私を見る。
私は、この部署で一番の年長。
肩書きは主任。
長い髪も上でまとめ、化粧はしているものの超ナチュラル。
メガネも縁無し、スーツに身を固めている。
知る人ぞ・・私のことを皆さん影では「お局(つぼね)」と呼んでるらしい。
そりゃぁ・・入社○年。
同僚もほとんど・・結婚しちゃったけどさ。
「主任・・様子を見てきてくれないかな?」
部署の上司がそう私に声を掛けて来た。
「ええ〜〜〜っ!」
OL達の批判とも言える声が響く。
「何だ?不満があるなら言ってみなさい。」
彼女たちに向かって上司は厳しい口調で言った。
彼女たちは渋々席に着いて仕事をはじめた。
「無断欠勤なんて・・するような奴じゃないからなぁ・・すぐ行ってみてくれないか ?」
30代後半の上司にそう言われて「分かりました。」と頷く。
視線が痛いなぁ・・。
「それで・・住所なんだが・・。」
「は?」
住所?うちの会社の独身寮じゃないのかな?
私の家に近い筈だから違うのかしら。
レンタルビデオショップでも会って・・家に来たんだよね。
上司は、携帯を取り出して私にメールをくれる。
「あの・・・。」
「住所は、送ったから宜しく。彼女たちには教えないように・・。」
と・・振り返ると聞き耳を立てているのかこちらを見ていた。
慌ててPCに体を戻していたけど。


 私は、そのまま痛い視線を背中に受けながら会社を後にする。
無断欠勤の人物は、滝沢秀明くんという。
まだ、リクルートスーツも着ているというより着られている感じで。
年齢よりもちょっと幼い印象。
黒髪をなびかせ爽やか好青年。
顔も・・かなりの美形で社内ではFCもあるらしい。
女ばかりの職場で唯一の男性職員。
この部署のちょっとしたマスコット的存在。
上司がそんな彼の教育係に私を任命したのも頷ける話。
私なら安心なんて思ったんだろうなぁ・・。
彼の携帯に電話する。
個人用の方に何回も掛けるが出る音沙汰はない。
ど〜したんだろ?昨日は、具合が悪いとか言ってなかったと思うんだけど。
ちょっと心配になってくる。
電車を乗り継ぎ最寄り駅に着く。
ほんとに・・家に近いかもしれない。
私がいつも利用する駅だからだ。
「てっきり・・独身寮にでも入ってると思ったんだけど。」
割と上質なマンションだった。
家の会社の初任給ってそんなに良かったっけ?
私の住んでるマンションと大差ないような気がするんだけど。
自動ドアを入って彼の部屋番号を押す。
何の反応も無い。
すご〜く嫌な予感がする。
私は、管理人さんに彼の部屋を開けてもらうことにした。
初老の男性は快く応じてくれた。
もちろん、会社の上司であることも説明した。

私は、部屋に入る。
男の人の家としては結構片づいている方なのかな?
「滝沢くん・・?」
あたりを見回すが・・起きている気配がない。
赤いソファに大きめなTV。
視線を移すとDキャラコレクション。
何ともバランスの悪い部屋だわね。
とある部屋のドアが開いていて・・何だか音楽機材がある。
すると・・ある物体が床に転がっている。
それは、真っ裸にボクサーパンツ、耳にはヘッドフォンが付いてる。
「ちょっと!滝沢くん!大丈夫っ!」
私は、慌てながら彼に近づいてヘッドフォンを外して思いっきり揺すった。
端正な顔は、ぴくりとも動かなかった。
「ZZzz・・すやすや・・。」
その代わり・・と気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
「ねっ・・寝てるし・・。」
もう・・心配させおって!おばかっ!
一気に力の抜けた私は少し大きめの彼の鼻を掴んで口元も手で塞いだ。
(注:危険ですのでマネをするのはやめましょう。・笑)
やがて彼は目を開けてもがく。
私はすかさず両手を離すと、
「はぁっ・・ぜぇっ・・」
苦しかったのか金魚のように口をぱくぱくさせる。
「目覚めた?」
そう話しかけると「えっ?」と私を見ると「わぁっ!」とびっくりしてる。
体は、飛んでる。
「なっ・・何でいるんですかっ?」
「いるって・・時計を見てごらんよ・・。」
彼は、近くにある目覚まし時計を見て目を丸くする。
「無断欠勤よ。心配して来てみたら・・これだもの・・脅かさないでよ。」
私は、近くにあるPCのイスに腰掛ける。
「えっ?心配で来てくれたんすか?」
寝癖ではねた頭を私に向けてそう言う。
「そりゃぁ・・心配するでしょう。・・ほら・・早く着替えて・・。」
私は、ドキドキしてしまった。
ちょっと慌てていたせいか彼がパンツ1丁なのを忘れていた。
結構・・引き締まって良いからだしてるなぁ・・って何を考えているんだっ。
「す・・すみません・・へっ・・ヘックション!
と・・控えめな可愛いくしゃみ。
「ちょっと・・風邪ひいたんじゃないの?」
私は、明るめの髪の毛を避けて彼の額に手を置いた。
う〜ん・・熱いような気がする。
ふと・・上目づかいで視線を感じる。
黒目がちな瞳が私をじっと見ている。
みょ・・妙な雰囲気・・私は、手を離して「体温計は?」と聞いた。
「え〜っと・・その辺にあると思うんだけど・・。」
と・・辺りを探している。
「じゃぁ・・私から会社に連絡しておくから今日はゆっくり休んでなさいよ。」
そう言って立ち上がると・・。
「えっ?帰っちゃうんですかっ?」
その姿は、子犬のようで・・切ない瞳で見ている気がするのは私だけだろうか。
「帰ります。仕事中なんだから。ちゃんと薬飲むか病院行くのよ?」
って20歳すんだ男に言う言葉じゃないんだけどね。
「分かってますって!子供扱いしないで下さいよ・・。」
玄関に向かう私をお見送りする。
ふと・・居間にあるDキャラコレクションを見て思い出した。
「ちょっと!そう言えば!うちのDンボっ。」
振り返って寝癖のままの彼を見る。
「あ〜っ・・あれは・・じゃぁ・・仕事終わったら取りに来て下さいよ。」
ちょっと・・口角の上がった唇の端がエクボを作っている。
笑みを浮かべて小悪魔みたいだわ。
「ちょっと・・うちに君が返しに来なさいよ〜。」
面倒くさそうに私が言うと
「オレ・・今、病人なんすよ?来てくれますよね?」
またも魔性の微笑。
ちょっと気を許すと魅入られてしまいそう。
危ない危ないっ。理性を持って対処せねば!
「じゃぁ・・帰りに寄る。」
玄関でヒールを履く私。
「暖かいモノが食べたいなぁ・・鍋良いですよね?」
「はぁ?」
そのまま・・玄関から追い出される。
「ちょっと!滝沢くん!」
いってらっしゃい!来るときは電話くださいね。」
ドアを閉められる。
なっ・・何だとお?つうことは・・私にご飯作りに来いってか!?
私は彼の上司なんだけど・・納得出来ないっ。
ご飯なんて作りに行かないわよっ。

その後・・会社に彼は風邪で休むと伝えて・・そのまま得意先回りをする。
行く先々で「滝沢くんは?」「いつもの彼は?」なんて言われる。
相手先にも評判良いんだよね・・。
「風邪で休んでるんです。」
と答えると、
「へぇ・・じゃぁ心配でしょ?可愛い部下だものね。」
と返される。
部下は良いけど・・可愛いは余計な気がするんだけど。
とはいえ・・どこか上の空な私は・・やっぱり気になっていて・・。
それは可愛い部下だからだろうかと考えていた。



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