[back]

儚き春の光・・・十夜
hikari akihide story
2001年7月
海亜 作


『泣いていらっしゃるお姿・・初めて拝見致しました』
そう言って優しく微笑んでいる。
『えっ?あっ』
急に恥かしくなり慌てて涙を拭った。

『何か悲しい事でもあったのでございますか?』
『あ、違います。感動して・・。つい涙が出たのでございます』
『そうだったのですか。心配致しました。
今宵の雛の宴。正直言って驚きました。
ですが、心の底が熱くなり・・・感動致しました。
こんな気持ちになったのは久しぶりでございます』
『あ、あの・・』
『はい』
『あ、今宵は月が綺麗ですね』
誤魔化した。

本当は“あなたは誰ですか?”と聞こうとした。
だけど、なぜかそんな事、どうでもよくなった。
きっと、この人は俺(明秀)の良き理解者なんだろうと思ったから。

俺は初めて会ったその人と語り合った。
それは、他愛も無い話。
だけど、心がす〜っと溶けてくような感じがした。

しばらくして女中がやってきた。別れの予感。
そして、その人は俺に言った。
『これからのご活躍。陰ながら応援致しております』
なぜか、もう2度と会えないような・・・そんな気がした。
だから、思わず言ってしまった。
『もう・・会えないのですか?』
その人は、優しく笑って答えた。
『また、いつかどこかで会えますよ。
そう願っていれば叶うものでございます』
そして、その人は去って行った。
優しい香りと意味深な言葉を残して・・・。

あ〜あ〜・・・。
やっぱり名前を聞くべきだったなぁ・・・。
ん?なんだ?あれは?
さっき、あの人が座っていた場所に何かが残っていた。
それを手に取ってみた。
お守り?
その中からお香のような香りがした。
よ〜く見ると小さい字で【蛍】と刺繍してあった。
蛍・・?あ!もしかして。
あの高貴な人は・・・蛍の方だったのか?
明秀が恋焦がれた相手。
そっか・・・。
俺はそのお守りを袂(たもと)にそっと、仕舞い込んだ。

*******************************

その日の夢に朱果が出て来た。
そして隣には高貴な感じがする人。
何処となく俺に似ている。
あ!もしかして・・・明秀?

タッキー。お疲れさまでした。
今日のタッキー最高だったよ。
ほんと、凄くカッコ良くってキレイで・・感動したよ。


朱果・・・。少し涙ぐんでる?
俺もつられて涙が出そうになった。
昨日から俺の涙腺緩んでるのかな?

そうかもね。
クスッと笑いながら言った。
『あ、また心読んだな?』
だって〜聞こえるんだもん。しょうがないじゃん。
『ま〜そうだけど・・ま、いいっか』
うん。
『お、お前な〜』

朱果の事。本当の弟のように可愛いと思っていた。
時々、憎たらしい事、グサっと突き刺さる事も言われた。
だけど、全て愛情が篭っていた。
少なくとも俺は、そう感じていた。
この時代に突然来て、困ってる俺を見て何度も助けてくれた。
朱果が居たから幾つもの困難も乗り越えられてきた。
平成の時代では味わえない経験も沢山出来た。
いつか、俺が現世に戻った時役立つような気がした。
朱果に出会えて・・・よかった。

俺の心・・・読んでるよな?きっと。
チラっと朱果の顔を見た。
大きな瞳に一杯涙を貯めて俺を見ていた。
そして、エヘっと笑って
もぉ〜恥かしい事言わないでよ〜。
『へっ?俺何にも言って無いよ〜。言ってないもん。思ったけど』
えっ?あー!人の揚げ足取ってる!
『あはは〜。やったぁ〜!』

朱果、そろそろ時間だよ。
今まで黙って見ていた明秀?が言った。

うん。

そして俺に向き直り言った。
今まで・・・本当にありがとう。
僕・・タッキーの事忘れないよ。
だから僕の事・・・忘れないでね。

当たり前じゃん!
『俺も・・・君の事、忘れないよ』
そう答えた。

タッキー。・・・ありがとう。じゃぁ、元気でね。

そう言うと明秀と手を繋ぎ光の中に消えて行った。

翌朝。
俺はいつもより早く目が覚めた。
辺りはまだ薄暗い。
きっと4時頃だろう。
それからの数時間、朝日が昇るのを待っていた。
あれは・・・夢だったのかな?
そんな事をぼんやり空を眺めながら考えていた。

数時間後。
東の空がほんのり明るくなった。
冬の終わり、春の始まりの太陽は・・どこか儚い。
澄んだ空気の中にささやかに灯っている炎。
俺はこの日見た朝焼けを生涯忘れないだろう。

それにしても・・・この光。
朱果と明秀が消えて行った光に似てるな〜。
と思い、目を凝らし太陽を見た。
う、あっ!
一筋の光が俺を包み込み、その眩しさに目を閉じた。


―つづく―




[top]